2011年12月25日日曜日

クリスマス礼拝



クリスマスおめでとうございます!
救い主の御降誕を心から感謝しお喜び申し上げます。

今日はクリスマス礼拝。
プログラムもいつもとは少し違います。
クリスマスにちなんだ箇所の聖書朗読と讃美を積み重ねるようにして進行していきました。

マタイの福音書 1章18~25節

 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。

学生たち中心の讃美チームは、ピアノ&ギターとベースでワーシップソングを歌いました。
曲は「インマヌエル」「クリスマスの鐘」。

ルカの福音書2章11~14節


きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
すると、たちまち、その御使いといっしょに、多くの天の軍勢が現われて、神を賛美して言った。
「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」



オルガンの左にあるテーブルに少し見えているのはハンドベルです。
教会学校の小学生と保護者で「あららのはてに」を演奏しました。

ヨハネの福音書 1章14節
 
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。



青年を中心にした讃美グループ。
ピアノに加えてバイオリンとチェロの伴奏つきです♪
曲は「諸人こぞりて」「良きおとずれ」。

ヨハネの手紙第一 4章7~16節
 
愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。
神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。
いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。
神は私たちに御霊を与えてくださいました。それによって、私たちが神のうちにおり、神も私たちのうちにおられることがわかります。
私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。
だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。
私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。



説教の後、聖歌隊による讃美は「さやかに星はきらめき」。

大人から子どもまで、さまざまな形で賛美を捧げました。
それぞれの年代の人々が、ひとりひとりに与えられた賜物を用いて、自分たちの感謝を一番よく表現できる方法であらわしていました。
救い主の誕生を祝う私たちの礼拝を、きっと神様は喜んで受けとめてくださったと思います。

Merry Christmas!


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