2011年7月31日日曜日

震災支援ミニレポート11

今日の礼拝の中で、8月1日から5日まで仙台に派遣されるボランティアの方たちの「派遣式」が行われました。
中学生から、年配の神学生の方まで、様々な世代の11名です。
今までずっと集めてきた救援物資の食料を積んで明日出発します。

実は先週一足早く、業務用の「かき氷機」が仙台入りしています。
先週はとても暑かったので、大好評だったそうです。
きっと明日からも役立ってくれることと思います。
現地では炊き出しなど、いろいろな奉仕が待っていることと思います。
どうぞお祈りください。

*7/10,17,24の東日本大震災支援献金は47,550円でした。

ブラジル研修報告(宣教デー)

飛行機に乗って28時間。
サンパウロの空港に到着しました。
夜でもあり、空港は車で何時間もかかるところにあるにもかかわらず、大勢の方が出迎えてくださって感激しました。

アラサトゥーバにIさん夫妻を訪ねました。
ここは田舎です。
すっかり女性らしくなったSちゃんと、小学校に入ったばかりのKくん。
Kくんはもうすっかり日本語を忘れてしまい、ポルトガル語のネイティブになっていました。
同行した日系ブラジル人のMさんが発音を直されるほどです。
夫妻は養鶏場を経営しています。
15,000羽の鶏を飼っていますが、そのうち卵を産むのは7,000~8,000羽だそうです。
鶏はずっと産み続けるわけではないので、常に若い鶏を育てていかなくてはいけません。
朝と夕方、卵を集め、すぐそばの工場に運んで洗浄します。
日本では10個単位で売っていますが、ブラジルでは1ダースで120円ぐらいでした。
直売所ではIさんのお兄さんの奥さんが卵を売っていました。
このように家族、親族の働く場になっています。
中庭で昼食をとっています。
ブラジルでは、学校は午前だけで、お昼は家族と一緒に家で食べます。
そのかわり、朝は7時から学校が始まり、宿題もたっぷり出されます。

サンタ・フェ・ド・スにTさんを訪ねました。
そちらにむかう道路に沿って植えられている木は、マンゴーの木です。
市長さんが植えたもので、実ったら誰でも食べてよいのだそうです。
太っ腹ですね。
Tさんはオレンジ畑を作っています。
6,000本のオレンジが一面に植えられています。
マリーリャの教会で奉仕をしました。

再びサンパウロへ。
2001年に弟子訓練プログラムのために西教会に来てくださっていたオズワルド先生と再会しました。
Eさん、Tさんも家族中が集まって歓迎してくれました。
ブラジルでは本当に家族のきずなが強いと感じました。
サウーデ教会のコウド先生にお会いしました。
ずっとブラジル人の先生だと思っていたのですが、日本人ということで驚きました。
日本語部の礼拝もありました。

これは誕生パーティーの様子です。
風船などが飾られたとても豪華なパーティーです。
誕生日にはなんと、40万円ものお金をかけるそうです!

ブラジルの料理。
みなさんもよく食べたことがあるフェイジョン。
これはパステル。

リオデジャネイロです。
ビスマルク選手のトロフィールームを見せてもらいました。
Jリーグ時代のトロフィーが飾られていました。

ニテロイの教会です。
日系人の家庭集会です。

先日婚約されたGさんのご家族。
なんと、菅野先生のお宅とご近所だということが分かり、驚き、感激しました。
Gさんのご両親は日本が大好きで、畳敷きの部屋に布団を敷いて寝ているそうです。
この写真でご主人が着ているのは半纏なんですよ。
この時は日本人の留学生がホームステイしていました。
Gさんは自宅を開放して祈り会もしています。

ブラジルに帰った方たちも、西教会のことを思い出しては祈ってくださっています。
みなさんによろしくとのことでした。

2011年7月24日日曜日

CSキャンプ

昨日から今日にかけて、日曜学校のキャンプが行われました。
行先は「美浜少年自然の家」。
気がかりだった台風も過ぎ去り、好天に恵まれて子どもたちは思いっきり楽しんできました。


参加者は男の子が7人、女の子が11人。
目的地に着いたら、まずは海水浴。
台風の後だったので、ゴミが漂着していて海岸はあまりきれいではなかったみたい。
それでも、貝を拾ったり泳いだり。


海岸ではかき氷も作って食べました。

きゃ~!砂に埋められちゃった!

自然の家で夕食。
ハンバーグなど子どもの好きそうなメニューでしたが、量がちょっと多め?


お部屋はこんな感じ。
一部屋にベッドが10台。
わくわくして、なかなか寝付けなかった子もいました。


一夜明けて、日曜日。
集会中です。
聖書から、ヨナのお話を聞きました。


お話のあとはゲーム!
チームに分かれて釣り競争です。
磁石で釣りあげた魚の裏に点数が書いてあって、合計点を競います。
結果は・・・女子の勝ち!


自然の家を出発して、「南知多ビーチランド」へ向かいました。
その中にある「おもちゃ王国」。
男の子も女の子も楽しめるおもちゃがいっぱい!

ここはビーチランドの裏。
カメに触らせてもらえました。
ふたりだけ、触らなかった子がいたそうですよ。
 

けがや事故もなく、午後4時に教会に到着しました。
子どもたちはとっても満足そうな表情で帰ってきましたよ。
スタッフの皆さん、お疲れさまでした!


ページ更新のお知らせ

8月分のイベントカレンダーを更新しました。

婚約式


きょうは礼拝の中で婚約式が行われました。




日系ブラジル人のGさんと、日本女性のHさん。
私たちの教会では珍しくありませんが、国際結婚です。

Gさんは5歳の時に初めて誘われて教会へ行きました。
「天国に行きたいと思う人は手を挙げてください」
と言われて、素直に手を挙げたGさん。
ところが周りを見たら、自分以外は誰も手を挙げていなくて、
「え?だれでもそんなすばらしいところに行きたいんじゃないの?」
と驚いたそうです。
その後ご両親が洗礼を受け、Gさんも十代で洗礼を受けました。

Hさんは幼いころから両親と一緒に教会に通っていました。
大学生の頃は、この世の自由な生き方に惹かれたこともありましたが、その夏のキャンプで
「コンセントが抜けていたら役に立たない電気製品と同じように、人間も神さまにつながっていなければ本当に生きることはできない。」
と教えられました。
そんなGさんとHさんが出会ったのはブラジルです。
Hさんは2003年から2年間、ブラジルで日本語を教えていたのです。

日本とブラジル・・・地球の反対側に暮らすお二人は、世界一の「遠距離恋愛」ですね。
Gさんは来年の4月から、国費留学生として日本に来ることになっています。
結婚式は1年後の予定とか。
これからのお二人のためにお祈りください。



2011年7月10日日曜日

震災支援ミニレポート10


その2
 
東海聖書神学塾
 
仙台、気仙沼、石巻で、3班に分かれて活動してきました。
 
夜10時から、打ち合わせをしているところです。
中には看護師や保健師の方もいて、非常に助かりました。
 
東松島で、泥出しボランティアをしているところです。
まだ住めそうな家を1軒ずつ訪ねて、要望があれば泥出しをします。
床下には40cmものヘドロがたまっていて、とても臭いです。
まず床板をはがし、ヘドロを掻き出して、石灰を撒き、乾燥させてから床板を張り直します。
10人で作業しますが、1日かけても1軒できません。
 
国際飢餓対策機構の倉庫です。
ここから物資を積んで配ります。
あちこち回って、帰着するのは午後11時ごろになります。
民家を避難所にしていて、孤立していた地域です。
 
気仙沼聖書バプテスト教会です。
以前は20人ほどの教会でしたが、今は40人が集っています。
ワッフルカフェというのをしていて、手作りのワッフルをふるまっています。
 
今回私たちは「ボランティアに徹する」こととし、伝道はしないと決めていました。
でも、被災者の方たちのほうから色々と聞いてくるので、福音を語ることも多かったです。
その中でクリスチャンになった方もいます。
 
ここが教会があったところです。
土台しかありません。
そこに十字架だけ立ててあります。
 
福音自由教会では、石巻の渡波地区で開拓伝道をすることに決めました。
このあたりは、1階には住めないので、2階に住んでいる人たちが多いです。
しかし、自宅にいる以上、支援物資の食料をもらうことはできません。
でも、仕事もなくお金もないのです。
犯罪も多く、団体でないとボランティアも活動しにくくなっています。
 
私の印象に残っているできごとです。
被災者の方に
「どこから来たの?」
と聞かれ、
「名古屋から」
と答えると
「遠くからありがとう。
最後はやっぱりキリスト教かな。」
と言われたことです。
「私たちもそのつもりでやっています。」
と答えました。
 
8月には青年を中心にボランティアに行く予定です。
 
 
 
6/26,7/3の震災支援金は8,100円でした。
引き続き支援物資(食料品)と支援金を募っています。

震災支援ミニレポート9


今日は宣教デーでした。
スライドを見ながら、被災地支援に関わった2つの団体の報告を聞きました。

その1
 
CRASH(Christian:クリスチャン/Relief:救援/Assistance:協力/Support:支援/
Hope:希望)

大治GCで英会話ミニストリーとして働いているSさんがこの団体でボランティアとして奉仕しています。
3月27日~4月2日には仙台・福島出奉仕をしていました。
2回目は5月19日から。
また、6月にも行ってきました。

仙台では、仙台孤児院に行きました。
ここでは、Sさんの奥さんが高校時代に、同じように救われてクリスチャンになった友人が、牧師夫人として遣わされていました。
ここにガソリンを届け、物資を運びました。

Sさんはアメリカにいた頃、原発で電気技師として働いていたこともあるので、福島に対する熱い思いがあります。
福島ビックパレットという、ドーム球場のような施設があるのですが、ここには、福島から2000人もの人々が避難してきていました。
富岡町という、福島第2原発の町から避難してきたのです。
本当は6月末までには避難所から出なければならないのですが、実際にはまだ600人ほどがそこで生活しています。

食事のときは、2、3時間は並んで待たなければなりません。
3月ごろはまだ雪の中。
今は30℃を超す暑い中で、被災者の方たちは並びます。
小さいお子さんのいる方は、ずっと子どもを抱きっぱなしで肩がパンパンに張っています。
福島グレイスコミュニティーチャペルでは、赤ちゃんを抱くというサポートをしています。
食事に並ぶ時、お風呂に入る時、赤ちゃんを抱いてあげることが大きな援助になるのです。

福島第1バプテスト教会です。
この教会は、建物を流されてしまったので、県内の別の教会で集まっています。
Sさんは、様々な避難所へ支援に行きますが、他の避難所と教会とでは雰囲気が違うといいます。
辛い中でも、神さまの希望がそこにあるからです。
ここの方たちも原発に関わっている片が多く、今も原発で働いています。
奥さんがクリスチャンで、ご主人はまだという方がいました。
この方は、教会で避難しているうちに、神様を信じ、聖書を手に原発で働いています。

栃木那須高原ベースです。
よく教会のキャンプで使われる施設ですが、今CRASHが6ヶ月間借りて、ベースにしています。
Sさんはここで、洗濯機の修理などをしました。

ビックパレットではキッズ英会話も行っています。
そこで高校2年生の学生さんに出あいました。
その子は英語が大好きなのですが、すべてを津波で流されてしまい、英語の辞書が欲しいと言っていました。
辞書を贈ると、とてもうれしそうにしていました。

アジア農業学院です。
ここでは外国人が農業を学んでいます。

床張りや支援物資を運ぶのを手伝っています。
海外からもたくさんの支援物資が届きます。
実は避難所にはかなりたくさん物資は集まっています。
避難所からはもうすぐ出てかなければならないのですが、そこに被災者がいる限り、物資は避難所の被災者優先です。
自宅避難の方たちなどに、個人的に渡すことはできないのです。
また、海外からの物資の場合、日本人の口に合わない物もあるのです。
そうして、賞味期限が迫っている物資が堆積しているという現状もあります。

また、避難所で食料を配るのも大変な人出がいります。
たとえばラーメンにしても、そのまま配るわけにはいきません。
キャベツをきざみ、大鍋で煮て、器によそって配らなければなりません。
しかも、配給を受ける被災者は何時間も並ばなくてはならないのです。

福島グレースコミュニティーでは、仮設住宅に移った方たちに、自転車、家電などを提供するボランティアをしています。
最初は数人でしたが、今は100人以上のリストがあります。
郡山の町は大きな町で、大型店舗もいくつもあって、一見すると平常の生活をしているように見えます。
そのため、いろいろなボランティア団体が来ても、
「ここは大丈夫」
と素通りして、もっと北の仙台などに行ってしまいます。
しかし、ここでも困難な生活をしている方たちはいます。
仮設住宅に入ると、もう支援物資を受け取ることはできません。
食べ物、電気、水道、全てを自分で払わなければならないのです。
でも、多くの人は職を失って、収入がありません。
政府から100万円、支給されましたが、それだけでは長期的に生活していくことはできません。

今回の災害はあまりにも大きすぎて、人の力では焼け石に水の状態です。
へりくだって、祈るしかありません。
海外からも、神さまからも、助けていただかなければいけないと思います。

Sさんは、8月11日~20日に、また福島に行きます。
どうぞお祈りください。