2011年5月15日日曜日

震災救援ミニレポート6

*今日の礼拝説教の中から、震災支援に関する部分を抜粋して報告させていただきます。

福音自由教会では、現在中長期的支援の仕組みを作る働きを進めています。
先週は火、水と仙台を訪問し、人にあってきました。
アメリカ・香港・シンガポールから義援金を届けてくださった代表者の方たちと共に視察しました。

今回の災害に関して、「想定外」という言葉がよく聞かれます。
実際にその場に立って見て、
「今までの自分の経験から判断して大丈夫」
という判断を超えているということがよくわかりました。

女川という港町を訪れました。
そこは原発があるため、財政は豊かで、たくさんの鉄筋コンクリート製の建造物がありました。
この海岸には地震直後17~18mの津波が押し寄せました。
西教会の隣にマンションがありますが、あの6Fまでの人は皆流されて亡くなったそうです。
6Fまで避難してさらに、水が増してくるので6Fの天井をぶち破り、どうにか屋上まで行けました。
が、そこにいても、腰まで水が来ました。
そこにいた30人は「もう駄目かもしれない」と思いながら、輪になり手を握り合ったそうです。
その後水は引いていき、その方たちは助かりました。

崖の上には公共の施設がありました。
その崖からは眼下に女川の町を見下ろすことができます。
そこまで逃げた人々は「ここなら大丈夫」と思ったことでしょう。
しかし、その高台にも1m以上越えて津波が襲ってきました。
そこに逃げていた人々も流されたのです。
それまでに津波を経験していた人々は、3F~4Fに逃げれば大丈夫だと考えていましたが、それは通用しませんでした。


拝高先生の息子さんはプロのサッカー選手をしています。
普段は水産加工会社で働きながら、試合に出ているそうです。
地震が起きた時、その方は会社の3Fにいました。
その時、おじさんが「逃げるから車に乗れ!」と呼んでくれたそうです。
なぜ逃げるんだろう・・・とわけもわからずに車に乗りました。
間もなく全てが濁流に飲み込まれました。
その人が車に乗せてくれたから助かったのだそうです。

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復興には長い時間がかかるでしょう。
現地の教会は精いっぱい復興のために努力しています。
そして、そこでも「想定外」のできごとが起きています。

「東北の人は心を閉ざしているから、こんな時に福音を語らなくてもよいのではないか。」
というのが主流の考えでした。
むしろ物質的な支援によって愛の奉仕をしていくほうがいいのではないか、と。
しかし、物資を届けると、そこには福音を求めている人が大勢いることがわかりました。

ある日曜日、牧師が教会に行くと、会堂の前に20人ほどの列が並んでいました。
「困ったなぁ。今日は礼拝だけで、物資の配給をする予定はないのに・・・。」
と思い、そう告げると、その方たちは物資を待っていたのではなく、礼拝が始まるのを待っていたのだとわかりました。
その日は40人の新来会者があったそうです。
普段の礼拝は何人だと思いますか?
8~12名の教会なのです。
教会の方たちは自分自身も被災していながら、助け合ってきました。
そして、人々は、誘われたからではなく、自ら求めて教会に来たのです。
現場のキリストの業のために、私たちも支援を続けていきましょう。

5/1、5/8の東日本大震災義援金は23,300円でした。
引き続き救援物資(食料品)と義円献金を募っています。

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